アプサラの祈り~シュムリアップ・カンボジア~

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アツアツのおでんを屋台で食べたら、口の中をやけどした。

口の中の、上前歯の後ろにあるゴツゴツしわが寄ったところ、、、

そこを指で触ってみると、やけどしたせいで、皮がべろんと剥がれているのに気がついた。

「あ~ぁ、こんなにあわてて食べるんじゃなかった!」

そう思って、白くなって剥がれかけている皮を、指でつまんで、えぃッ!っと

一思いにむいてしまおう思った。

すると、意外にも、その皮は、口の中ぜんぶの皮とつながっていて、

びりびりという異様な音を立てて、まるでサラミの皮でも剥がすように、

口の中全体の皮が、一気に剥がれ落ちた。

その瞬間、、、僕は、これが、また夢であることを知った。

「こんなのって、現実にあるはずがない!」

でも、なぜか、ここでその夢は醒めなかった、、、そればかりか、

口の皮はのどの奥にもつながっていて、、、僕はそのビニールのような

皮の端を指でつまみながら、、、呼吸ができず、あまりの息苦しさにむせ返った。

そして、あたりを見回し、ハサミか何か、その代わりになるようなものを探した。

だけど、ハサミなんて、あるはずもなく、この状況に何ら解決策なんて、ない気がした。

仕方がないので、、、僕は、口の皮の端っこを指でつかんだまま、旅に出ることにした。

ずいぶんと、知らない道を歩いた。

旅の途中は、自分が置かれた状況も忘れて、意外と楽しいこともあったし、美しい風景に足を止める

ことさえあった。

気がつくと、僕はアラブの小さな町の裏路地で、まるでマンガのような黒い頭巾を

被ったお婆さんの前に立っていた。

僕は、その手を見た瞬間、その人が誰であるかを知った。

それは、僕を育ててくれた、、、いや、僕を生かしてくれた人の手だった。

「ごめんね、おばあちゃん!」

「いまさら、ごめんなんて言っちゃ、ダメだよ!

あんたは、私が息を引き取る時に、意地張って、病院へ来てくれなかったじゃないか!」

「ごめん、おばあちゃん、でもね、、、でも、じゃないよね、ごめんね。。。」

「あんたは、強い子になりたかったんだろぅ!?強い男の子に、、、」

「うん、でも、まだ、ちっとも、なれていないんだ。」

私は、自分のちっぽけな人生を振り返った。

子供の頃は、人と争わないことが、自分の強さになると思った。

だから、人の顔色ばかり覗って、みんなが楽しくいてくれるために

「子供にできることは何か」と言うことばかり、考えていた。

だけど、中学生になって、急にそれを否定したくなった。

僕は、プロボクサーしか使わないような、大きなサンドバッグを買って、

毎日、学校から帰ると、人を殴る練習をした。

でも、結局、、、いくつかの喧嘩はしたけど、、、本当の意味で、人を殴ることはできなかった。

その次に、僕は、雑誌の通信販売でジャックナイフと鉄の警棒を買ってみた。

それが家に届いた時、ほんの一瞬、子供ながらのスリリングな感情を覚えたが、

翌日には、急に恐くなって、どっちも近所のドブ川に、放り投げた。

その後、、、僕はたくさんの本を読んだ。

言葉が、、、言葉がきっと、自分を強くする武器になると思ったから。

でも、言葉もやっぱり頼りなかった、、、特に自分の経験を伴わない言葉は、

口から発する度に、むしろ自分の身を切った。

だから、僕は、少しでも人生の経験値みたいなものを積もう思った。

水商売もやってみた。いろんな国にも行ってみた。

そうすると、単純な僕は、一時だけ、世の中を、、、人生を分かったような気になった。

変に自信に満ちた瞬間があった。でも、それも長くは続かなかった。

幾つかの悲しい出来事が続き、、、パンドラの箱が開いた途端、言葉は完全に無力であり、

どんなにあがいても、どんなに理を尽くそうとも、その箱は閉まらなかった。

言葉は、結局、無力だった、、、少なくとも、その時、僕は大いに失望した。

しばらくの間、僕は、なるべくどこにも出かけず、生きていくための最小限の言葉しか、

話したくなかった。できることなら、誰とも話したくなかった。

言葉とモノ、言葉と心に、いったいどんな、、、どんな確かなつながりがあるんだろう???

この疑問は、まるで、切っても切っても、果てしなく追いかけてくる自分の影のように、

今も自分に付きまとう。

反面、僕は、「他人との世界」で、言葉がどれだけ大きな力を持っているかも知っている(つもりだ)。

「大切な人にほど、本当の言葉を伝えられなくなっちゃったよ、おばぁちゃん!」

おばあちゃんは、にっこり笑って、そっとそこに、持っていたハサミを置いた。

すると瞬く間に、おばぁちゃんの姿は消えて、ハサミだけが、異様な輝きを放って、そこに残った。

僕は、ほんの一瞬ためらった後、やっぱり、そのハサミを手にする気には、なれなかった。

「ごめんね、おばぁちゃん。おばぁちゃんが意識のあるうちは、僕は意地を張って、お見舞いには
行かなかったけど、、、でも、おばぁちゃんが息を引き取る瞬間は、あなたの横にいたんだよ。
間に合わなかったけど、間に合ったんだよ!!」

アプサラの祈りは、リフレインとなって、川面に小さな波紋を作っていた。

【蛇足】だから、僕は思うのです。川面に生じた一瞬の波紋、、、なぜその波紋が生じたのか、
「表」の世界だけを生きていれば、そこにありもしない意味を汲み取って、苦しむ必要などないのです。
実在しないものと闘う必要はないのです。